自分自身から解放されなくてはならない


昨日のLOGOSWAREチャンネルに出演しました谷中です。
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放送の録画

放送では
・「製品の価値はユーザーが決定する」を判断基準の根底として受け入れること
・すべての行動はこの基準の上に構築すること
を説明しました。

放送は、“お客様に対して我々が品質について約束する”という視点で話しました。
この主旨から外れるので触れなかった話題、特に開発者に訴えたい点について、述べたいと思います。

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私の好きな言葉・・・好きというレベルではなく・・・行動の規範とする言葉があります。

「ある人間の価値は、まず何よりも彼が自分自身からどれくらい解放されているかで決まる」
(アルベルト・アインシュタイン)

人間は感情の動物です。
反論されたり、批判されたり、ややもすると評価をされることすら、感情的に受け入れられなくなることがあります。
これは「自分自身から解放されていない」のです。

プログラマで言えば、「ソースレビュー」が耐えられないほどの苦痛であったり、自分のコードを修正されることがまるで自分の存在を否定されたかのように感じるなどが該当します。あるいは、テスト工程でのバグの指摘に過剰な防衛反応を示す(『パーフェクト・ソフトウェア』G.M.ワインバーグ)のも、同じ原理です。

“自分が書いたプログラム”を、自分とは無関係の“プログラム”として、客観的にかつ批判的に議論の俎上に載せることができるかどうか?
他者からの評価を、純粋にそのプログラムが良くなるためのアドバイスとして認識できるかどうか?(“受け入れる”のでは、まだ解放されていません)
まるで、最初からそこに存在していた“モノ”のように扱うことができるかどうか?
・・・それが“人間の価値”である、ということです。

そうは言っても、やはり人間には感情があります。ある種の名誉欲や自己顕示欲もあるでしょう。失敗を恐れる気持ちもあります。
「品質」に取り組む場合、どうしてもここが問題になります。

開発者は“素晴らしいもの”を作ろうとしています。そしてそこに多大な労力と知識と自己犠牲を払います。
その行動は、会社の文化としてとても価値があることですし、製品自体にストーリーを与えます。これは、素晴らしいことです。

しかし、一旦出来上がって手を離れたら、その製品から“解放”されなければなりません。
“自分がその製品に対してどれだけ尽くしたか”から“解放”されなければなりません。
「製品の価値はユーザーが決定する」というのは、このような意味も含んでいます。

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谷中

システム開発チームと検証チームのマネージャー。 「疎結合 小さなクラス 分業制」 を裏スローガンとし、これが実現できてこそ、幸せな開発者人生を過ごせるという確信のもと、上流から設計まで口を挟んだり挟まなかったりしています。

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