仕事のための思考方法を学ぶ


 人間は、見たもの聞いたもの(INPUT)に対して、無視も含めて何らかの反応(OUTPUT)を示すものです。
このとき、INPUTとOUTPUTをつなぐ道筋(PROCESS)のことを“思考方法”と呼ぶことにします。

 例えば、INPUTの最初の脳内処理で、すべてをポジティブに受け入れる人とネガティブに受け入れる人がいるでしょう。次の段階では、感情として理解する人もいますし、理論構造を探索する人もいます。OUTPUTの直前で、基本的に“不作為”を選択する人もいれば、“とりあえず体を動かす”ことを選択する人もいます。

 これらは、生まれてから今までの経験によって脳内に出来上がっている“思考経路”だと考えて良さそうです。
「あいつは絶対こう言うはずだ。」のように、他人のOUTPUTを予想することができるように、誰もが“固有の思考方法”を持っています。

 この“経験に基づく思考方法”は、そのまま修正を加えることなく仕事に有効に使えるのでしょうか?
 私は懐疑的です。
 仕事とは何らかの成果を出すシビアな行程です。成長過程でこのようなシビアな要求に晒されてきた人はそうはいないでしょう。日常の体験で形成されてきた“思考方法”は、どこかに甘えがあるでしょうし、逆に甘えがなければ何か間違っている気がします。

 “経験に基づく思考方法”は各個人で異なりますので、それをむき出しにしてしまっては、協調性もコミュニケーションも成立しません。何らかの“仕事のための共通な思考方法”を互いに習得し、その思考方法の上で共同作業をする必要があります。
 そこで、少し謙虚になって、“仕事のための思考方法”を学ぶべきだと思います。

 例えば「仕事に対する意識が低い」「仕事のレベルがなっていない」というような“現象”は、精神論ではなく、思考方法が“合っていない”ということが原因のように思います。 なぜなら、いくら“頑張って”も改善されないからです。

 今までの人生の経験から“不作為”や“問題の先送り”が基本的な思考方法になってしまっている人に、「頑張れ」とハッパをかけたことで、ますますその方向に“頑張って”しまったら、事態はますます悪化します。
 感情的にネガティブに受け取るタイプの思考方法の人に、「ちゃんとやれ」と叱ったら、おそらくこの「ちゃんとやれ」自体をネガティブに受け取って、加速度的に落ち込んで行くかもしれません。

 少し落ち着いた環境で、抽象的かつ体験的に“考え方”を学ぶ機会を持つべきだと考えるのは、上記の理由からです。

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谷中

システム開発チームと検証チームのマネージャー。 「疎結合 小さなクラス 分業制」 を裏スローガンとし、これが実現できてこそ、幸せな開発者人生を過ごせるという確信のもと、上流から設計まで口を挟んだり挟まなかったりしています。

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