PDCAを活かせる組織文化


PDCAサイクルは、Plan-Do-Check-Actionというサイクルを回すことで継続的に改善ができるという方法論で、知らない人はいないのではと思うくらい有名である。

元々はルーチンワークの継続的改善手法として確立したと理解している。
生産工程などのルーチンワークを“管理する人”が身につけるべき手法で、その意味では日々の作業の改善レベルに適している方法かもしれない。

ちょっと前に、ある会合で大学生が「PDCAの実行に興味があります」と自己紹介していて、この言葉の広がりに驚くとともに、大学生が必要とする“ルーチンワーク”とは何だろう?と不思議な気がしたが、おそらく最近は“セルフマネジメント”という意味で使っているのかもしれない。

実際に、ルーチンワークの管理改善だけでなく、組織マネジメントにも、システム開発などの直接業務にも、PDCAサイクルは、非常に効果的な手法である。

しかし、1点だけ気になることがある。
それは「PDCAは“誤り”を修正する手法である」という理解があるかどうかである。
私は、この1点に対する理解の有無で、逆にPDCAが害を及ぼしかねないと思っている。

言い換えると、「私たちは“誤る”ことはありません。ただ、もう少し“良く”する余地はあるでしょう。その余地を見つけるのがPDCAです。」という認識では組織に害悪を及ぼすと思っている。

“減点主義”が文化として存在する組織ではPDCAは機能しない・・・と断言しても良い。
PlanもDoも無謬であるという前提でCheckする組織では、“他者攻撃vs自己防衛”あるいは“臭い物には蓋的先送り”になることは想像するに難くない。

PDCA本来の組織的な改善サイクルを回すには、

  • 計画には“誤りがあって当然”
  • “誤り続けること”が“真の誤り”である
  • “誤り”を修正する速さにこそ価値がある

を組織文化として持てるかに掛かっている。

これは、まさにロゴスウェアの文化そのものであり、ロゴスウェアの強みである。

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谷中

システム開発チームと検証チームのマネージャー。 「疎結合 小さなクラス 分業制」 を裏スローガンとし、これが実現できてこそ、幸せな開発者人生を過ごせるという確信のもと、上流から設計まで口を挟んだり挟まなかったりしています。

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