コンテクストは“その場を共有しないと”伝わらない

システム開発チームでは、毎週のスタッフミーティングにおいて、各自持ち回りで“ちょっとしたお話”をすることになっています。

この1週間で得た「有意義な知識」や「ちょっとうまくできたコーディング方法」や「業界ニュースで気になったこと」などを5分くらいでスピーチをするのです。
良く知った顔を見ながらのスピーチなので、あまり緊張せずに“他人に上手に説明する”というトレーニングになるのではないかと期待しているのですが、実際はどうでしょうか?
毎週、私ばっかりしゃべっている気がしないでもないです。
1週間、“そのように気を使って仕事をしている”と5分くらい話すネタはいくらでも転がっているようにも思うのですが、なかなか難しいようです。

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こんな感じですよというのを紹介するために、先日の私のネタを紹介します。
(なお、準備なしでその場でネタを考えていますので、多少乱暴な論理になっています。)

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ハイデッガーの「存在と時間」という本の中に興味深い例があります。

Der Hammer ist schwer.(このハンマーは重い)
とは、一体何を言明したことになるのか?
そもそも「言明」とは何か?

彼の目的は“存在”に関する考察なのですが、この例自体は“コミュニケーション論”としてとらえることができます。

1つ目は、「ハンマー」あるいは「“重い”という特性を持つハンマー」というものを、“語られる以前から存在するもの”として挙示しています。
2つ目は、「ハンマーが重い」ということを説明しています。述言するとも言います。
3つ目は、“それをあなたに伝えた”という公言をしています。
つまり、「何かを言葉で表現する」ということは、それ以前から存在し、共通の認識にあるモノについて挙示、述言、公言するということです。

“コミュニケーション論”として考えた場合、これは重要な指摘です。
「私しか知らないこと(つまり、相手の世界には存在しないこと)」については、“言明=コミュニケーション”が取れない、と考えていいのではないでしょうか?
つまり、「私が今から使う用語は、知っていますか?」からスタートしなければ、コミュニケーションにならないということです。
例えば、“IT業界では常識的な、しかしIT業界でしか使わない言葉”を顧客に使うのは、そもそも間違いであって、「その言葉を知らない顧客が悪い」とはならないのです。

IT業界の基礎訓練として教わる

  • ドメインモデルを定義しましょう
  • 文書には用語集をつけましょう

というのは、このように考えると、至って常識的なことです。

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ここまで話して、話が腑に落ちたのか、いろいろと質問と議論が行われて、良い感じになったので、敢えて話をややこしい先に進めてみました。

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本の続きはこうです。

さて、この
Der Hammer ist schwer.(このハンマーは重い)
を大工の棟梁が言ったら、それはどういう意味か?

チームの連中はすぐに分かったようです。「ハンマーが重いから、交換しろ」ということです。

ここで、考えなければならないのは、「交換しろ」という意図は、どこから生じたのか?ということです。いくら辞書で調べても「ハンマー」という語にも、「重い」という語にも、ましてや動詞ist(sein)にそんな意味はありません。

つまり、いくら文を分解しその意味を精査しても、その意図は出てこないのです。

プログラマはその基本思想として、「システムは分解し、細かい部品を正しく設計し、実装し、それらを組み合わせれば、全体として正しく動く」というものがあります。これを“還元主義”と言うのですが、コミュニケーションにはこの還元主義が適用できないのです。

「交換してくれ」とは、その言葉が用いられた状況、つまり話者の世界の中で生じる“意図”であるということです。これをコンテクストと言ってもいいでしょう。

コミュニケーションとは“意図”を伝達することです。そして、その“意図”はコンテクスト(つまり、言葉の発せられた世界)において生じるものです。話された言葉を分解し、辞書で調べて、それを組み合わせても“意図”は再現できないのです。

「だから、メールを書いて寄越しただけで、コミュニケーションが取れたなんて思うなよ」

というのが、私のショートスピーチの結論です。

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