循環時計と直線時計


昔、「循環時計と直線時計」というエッセイを読んだことがある。

循環時計とは、例えば春が来て、夏、秋、冬と来て、また春に戻るという“循環”のイメージである。
この循環時計の中で“同じことを繰り返す”のが「循環時計に生きる人」である。

直線時計とは、ひたすら過去から未来へ延びる“矢印”のイメージである。
ひたすら上昇、発展、拡大のように“新しいことを求め続ける”のが「直線時計に生きる人」である。

エッセイでは、「都会的な直線時計上で歌い続ける歌手」と「情緒的な循環時計上で歌い続ける歌手」の2大人気シンガーソングライターの対比が見事で、非常に納得した覚えがある。

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クリエイティブな仕事は、“直線時計上”にある。
昔の時計の上に乗っかるようなものを“再発見”しても、それは無価値である。
このように表現すると、多くの人が「直線時計の上で疾走したい」と思うかもしれない。

しかし、日本人は(と言い切れるほどの分析を見たことはないが)、放っておくとすぐに“循環時計”に馴染んでしまうように思う。
すぐにルールを定めてそのルールに従いルーチンワーク化してしまうことや、何か変化をすること自体に“余計なこと”のような感覚を覚えてしまうことはないだろうか?

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プログラムを書くという行為は根源的にはルーチンワークである。毎回新たな制御構造を考えだすわけではないし、標準的な“書き方”を繰り返すことで安定した品質を担保するものでもある。
そして、ある意味では“毎回同じことを完璧に繰り返すプログラマ”は“優秀なプログラマ”だと評価される。
「自分はどのようなプログラマになりたいか?」を自問したときに、まるで“産業用ロボット”を理想としてはいないだろうか?

日頃の業務が「循環時計」の上で行われ、いつの間にか“それが理想の姿”になってはいないだろうか?
たまには自問自答してみるのも悪くないだろう。

“クリエイティブな製品を作る”という夢を持つならば、意識的に「直線時計」を体内に呼び起こさなければならない。

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谷中

システム開発チームと検証チームのマネージャー。 「疎結合 小さなクラス 分業制」 を裏スローガンとし、これが実現できてこそ、幸せな開発者人生を過ごせるという確信のもと、上流から設計まで口を挟んだり挟まなかったりしています。

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